長崎の小学校で12月3日の4時間目に出前授業をさせていただいた3年1組のみなさんへの手紙です。
皆さんこんにちは。先日はみなさんと楽しい時間をすごすことができました。 4日(水)に長野に帰りました。朝8時過ぎの特急みどりで出発し、長野県の自分の家に着いたのは夕方の5時過ぎでした。今朝の私の住んでいるところの最低気温はマイナス5度でした。佐世保はそこまで寒くはないですよね。長野県では、教室にクーラーのあるところはほとんどないですが、ストーブはどの学校にもあります。11月頃からストーブを使うこともあり、11月の終わりころからは毎日ストーブのお世話になります。ですから、紅葉も終わり、木々の葉っぱもみな落ちて木々もすっかり冬にそなえた姿になっています。
少しみなさんにもお話したように、私の小学生の3年生ころまでは、友だちにめいわくのかけっぱなしの少年でした。きっとクラスのきらわれものだったと思います。そして自分ほどだめな人間はいないとさえ思っていました。よいと思っているわけではないんだが、どうしたらそれを直せるのかわからなかったんですね。ある時、友だちの暖かい一言で、自分もクラスのみんなに役立っていることがあるんだと思い、自分もクラスの一員として頼りにされる人間になれたらいいなと思いましたが、なかなか思うようにはいきませんでした。でも、それまで全くやらなかった宿題もだいぶやるようになり、友だちとのけんかはだいぶ少なくなりました。なぜけんかをしなくなったかと言えば、けんかをしてもちっともうれしい気分にはならないばかりか、むなしさばかりが残ったのかもしれません。6年生の時には、クラスの学級委員(学級長)に選ばれてしまい、クラスの手本を示さなければと思いましたが、なかなか考えた様には行動できませんでした。「学級委員のくせに」と言われることもありました。これにはまいりました。「そんなことをいわれても・・・」ということばが出てきそうでしたが、歯(は)を食いしばっていました。中学のころには、学校の先生だけには絶対ならないぞと思っていましたが、それがこの道を選ぶ(えらぶ)ことになりました。なぜかというと、自分はだめな人間だと思いこんでいたり、もっている力を出せずにいる仲間をいっぱい見てきたこともあります。私自身は、幸せなことに、そうした状態(じょうたい)から抜け出すことができましたが、本当はすばらしいものを持っているのに、そのことに気づけなかったり、信じられないまま成長していく人を少しでも減らしたいと思ったこともその理由(りゆう)の一つです。最後に校長としてつとめた学校で、「みんなが分かり合うことをあきらめない授業づくり」ということで取り組み、ハッピーな学校づくりを経験(経験)しました。定年退職してからも全国の学校などを訪れていますが、ハッピーなクラス、幸せなクラスになってほしいと願っているからです。
私は、その集団(たとえば3年1組)の仲間から信頼されない、頼りにされないほど人間として不幸(ふこう)なことはない、悲しいことはないと考えています。みんなが幸せなクラス、ハッピーなクラスだと思えるためには、一人ひとりがクラスにいなくてはならない人であり、頼りにされる人、いなくてはならない人になれるように、自分からできることをやっていくことだと考えています。そして、仲間のがんばろうとしている心やがんばっている姿を暖かく受けとめようとすることを大事にしたいです。12月3日4時間目のみなさんが友だちへのこうしたらというものを、あるいはこういうことありがとうという気持ちをふせん紙に書いて、友だちのカードにはっているすがたを見て、みなさんなら必ずハッピーなクラスにしていくことができると思いました。みなさんからすばらしい報告(ほうこく)が届く(とどく)ことを楽しみに待っていますよ。 寒さが厳しくなる時期です風など聞かない様にクラスのみなさんと力をあわせてがんばってくださいね。
2013年12月5日